愛というものを絡めてみる。


愛のないセックスはいらない。
愛あればこその快感。
フィジカルな繋がりも大事だけど、心と心の繋がりがとても気持ちいい。

・・・・というような、愛という言葉を散りばめた上でのセックス談義は、
とても普遍的なテーマ過ぎて、腰が引けてしまいます。


ここまで、私が書いてきたセックスはとても即物的。
興奮すること、官能のスイッチが入ること。
つまり、勃つこと濡れること。
そういうカラダの反応に感情が巻き込まれた時のことを、あれこれ考えてきました。

愛について語ること、と
セックスについて語ること。
これは同じことでしょうと感じる人と、
セックスなんてなくても愛は成立するとリキむ人と。
これらについて語ることは、
感情の振り幅にとても個人差があるので、広告コピーのようにひとことでは語れない。

恋愛とは性欲の詩的表現である。
という言葉に、うなづく人と眉をしかめる人と。
ね、ちがうものね。


性欲が先か、愛情が先か、なんてことも一筋縄ではいきません。
心が動き、気づくとその人のことばかりで頭が埋められ、
もうその人なしには動けない。ストンと恋に落ちてしまったとき、
その時は、その人とのセックスなど、そこまで気持ちが追いつかない。


そいつのことを考えると濡れるか?
だったらホンモノだ。
・・・と、そんな話しもできる私の恩師が言いました。
その男の年収だとか地位だとか身長だとか、
そんなくだらないスペックが頭にあるようじゃあ恋愛とはいえないよな。
・・・とも。

婚活などという言葉が先走る恋愛事情旺盛の世の中では、
その恩師が「くだらない」と切り捨てる、
スペックありきの恋愛がほとんどかもしれない。
そこに官能があるのか。

それこそが、個人の性欲の在りかが試されることなのでしょうね。

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